エッセイ:退職します(2)
辞められるのか
私の希望した退職日は、2ヶ月半後だった。
いくら会社と距離を置いてきたとはいえ、やりかけの仕事を放り投げて出る気にはなれなかった。この時期も、考えに考えた末の結論である。大きな仕事を2つ終え、ちょうど私は次の仕事の準備段階の作業を引き受けていた。この時期であれば、周囲への迷惑を最小限に抑えられるはずだった。
最後の仕事も、私の専門分野となっていたLSI設計の仕事だった。開発を終えるのがひと月後、製品の納入は会社を辞めてからになる。本来なら、動作確認までして会社を辞めるべきだったが、そんなことをしていたら、いつまでたっても辞められるはずがない。
退職の件は、上司に留保されていた。他の人にはまだ知られていない。
とにかく、少しづつ私は退職準備を進めた。トラブルが発生した時、開発担当者がいないということがどういうことであるかは、5年も勤めていればわかっていた。これまで書けなかった技術レポート、特許、仕様書の文書化を細切れの時間を使って、タイプアウトした。そして、いざという時のために持ち帰っておこうと、重要な技術文献をこっそりファイリングし始めた。
それでも、「会社を辞める」という実感は湧かなかった。
まだ周囲も知らないので、いつも通りに私に接するし、何しろ目の前の仕事が依然として忙しい。いざ仕事にかかってしまえば、あれこれ考えている余裕などなかった。これが、いつもの私の生活だった。
こんなんで辞められるのか。
ひょっとして、忘れられているのではなかろうか。
2週間ほど経った後、私は上司にメールを出した。前回へ戻る/続きを読む