エッセイ:退職します(4)

    周囲の反応


    数日後、オフィスに着くと、私の机に封の閉じられた書類が置いてあった。

    直観的に何の書類かがわかった。会社では開けられなかった。家に帰って開けると、そこには会社の書式による退職願、年金・保険の書類、退職一時金の振込み先指定書類、社内知識の漏洩を守るための誓約書などと共に、書類の書き方から手続きまでの一覧が書かれたメモまで入っていた。手馴れた仕事という感じがした。

    −辞める人も、たくさんいるんだろうな。

    私は社内報の退職の欄を思い出した。大企業である。入社する社員も多ければ、退社する社員も多いはずだ。私だけじゃないんだと思うと、どこかほっとした。書類はよくわからなかったが、とにかく欄を埋めて、今度はセンター(私の勤めていた事業所)を管轄する人事部へ持っていった。

    書類が受理された頃から、上司は周囲に私の話を公言し始めたようだ。

    「会社、辞めるんだって?」
    「びっくりした。」
    「勇気あるね。」
    「なんか、普通じゃないと思ってた。」
    「がんばってね。」

    周囲の反応はそれぞれだった。
    そして、どの言葉も正直、私のこころには響かなかった。
    数年間、毎日のように迷い続けてきた苦しみが、君たちにわかるのか。大企業に入って、偉くなることや、乾燥した技術ばかりを追いかけている君たちに、この私の苦しみがわかるのか…

    そう、私の5年間は苦悩でしかなかった。
    私は無謀にもそれに刃向かい、そうではない人生に向かって飛び立とうとしていた。
    ぶざまにひっくり返って、地獄を見るかもしれない。
    でも、ひょっとしたら・・・

    しかし、それはどう考えても危険な賭けだった。


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