エッセイ:三十路前の放浪記(4)

    チャンス


    チャンスが訪れたのは、11月に受けた3度目の受験だった。
    大学院のなかでも本命のひとつだ。この頃になると、勉強も大分進んでいた。ここでもし受かれば、御の字だ。会社を辞めた甲斐がある。

    有名大学だけあり、さすがに多くの人が受験している。
    受験会場には、どう考えても社会人と思われる人が多かった。皆、それぞれの思いを抱えてここにたどりついたのだろう。

    午前中、筆記試験(第一次選考)。
    思ったより内容は高度だったが、とにかく解答欄は埋まった。自信はなかった。

    その大学では、昼食時に採点が行われる。
    私は持参した参考書を開いて、解答を確認した。いくつかは間違っていた。たぶん筆記で落ちたことだろう。

    かなり長い間待って、第一次選考の結果が貼り出された。
    第一次選考を通った9名の中に私の受験番号があった。
    「やった!」と思わずこころのなかで叫んだ。猛勉強の成果は確実に出ていた。この第一次選考さえクリアすれば、かなりの確率で合格できるはずだ。

    −大学院に行ける!これで、苦しい孤独な生活から解放される!

    その思いで、小躍りしそうなくらいだった。
    第二次選考(面接)も、無難に終わった。ちょっと早めに終ったのは、順調だったからだろうか。

    ◆

    試験が終わってからの数日、私は確信していた。

    必ず合格する。
    これだけ苦しい思いをして、会社も辞め、今まで猛勉強してきたのだ。神様だって、見放すはずはないだろう。

    ドアをたたく音がした。

    「速達です」

    私にとっては、幸せを知らせてくれる通知だった。はやる心を抑えて、封を切る。
    しかし、私の目に飛び込んできた文字は、こうだった。

    −選考の結果、残念ながら、貴殿には入学をご辞退させていただくことになりました。

    まさかの不合格通知だった。血の気が失せた。

    「なぜ、なぜなんだ」

    酒をあび、死ぬほど吐き、そして泣いた。
    明日など来なくて良い。ここで死ねたら、どんなに楽だろう、そう思った。

    −その夜のことはよく覚えていない。

    日が昇った。
    私はまだ生きていた。

    置き去られた人形みたいに、日々を過ごした。


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