エッセイ:三十路前の放浪記(5)

    後悔


    緊張の糸が切れたとはこのことをいうのか。
    すっかり感情がなくなっていた。一歩も動けない。

    冬の入試が迫っていた。走れば、まだ間に合う。
    しかし、もはやそれに立ち向かう気力は、完全に失われていた。

    たかが大学院の試験、と笑うかもしれない。
    しかし私にとっては、誇張でなく生命を賭けた戦いに近かった。
    このために生き、このために死ぬ。
    それを私は求めていた。生きるための大学院であり、生きるための学問であった。

    −徒労ではなかったのか。

    大きな疑問が頭をもたげてきた。所詮、自分は何者にもなれないのではないか。
    結局、生きていくことも、死んでいくこともできないのではないか。

    何のために努力してきたのだろう。
    会社も捨て、背水の陣で努力してきた。
    それは一体、何のためだったのだろう。
    そして私は、これから何を支えに生きていけばよいのだろう。

    ◆

    太陽のない部屋。
    転がったままのコーヒーカップ。

    こころがきしむ日々。
    生への問いと諦めが、自分を取り巻いた。

    −もう、私はだめかもしれない。

    そして私の思考は、あるひとつの問いへと向かっていく。

    −何のために、私は生きるのか。
    −何のために、私は死ねるのか。

    光のこない部屋で、
    ただ、そのことだけを考えていた。

    何日も。
    そして、何ヶ月も。

    長い冬だった。


    前回へ戻る/続きを読む