エッセイ:リーダーシップ論(5)
リーダーシップは,万能薬ではない
リーダーシップは,社会問題を解決する万能薬ではない.
何かあればリーダーシップを主張する者は,優れたリーダーシップをとりさえすれば,問題の多くが解決すると考えているようだ.しかし,組織現象というものはそんなに簡単なものではない.考慮すべき要素は多いし,原因と結果の関係も複雑だ.正しく考えるには,多くの情報を集め精緻な検証作業を重ねていかねばならない.この労力に耐えきれなくなった時に頼る安易な言葉,それが多くの人にとっての「リーダーシップ」である.このシリーズを読み続けた読者は,これからはリーダーシップという言葉を聞いたとき,「それは,本当にリーダーシップの問題なのか」「リーダーシップを正しく発揮しさえすれば,問題は解決したのか」と考える癖をつけてもらいたい.
わが国では,何かあるごとに「責任を取れ」「辞任はしない」等の応酬合戦が始まり,首相や大臣がコロコロ入れ替わる.そして,彼(彼女)らが交代した直後には,まるでお題目のように「強いリーダーシップ」ばかりが繰り返し強調される.こうした一連の動きにまともな理性がないことは明白である.何故なら,リーダーが交代しただけで,問題がすべて解決したようなことは過去に一度だってないし,次にリーダーになる人物も,あらゆる問題を解決できる完全無欠のスーパーマンではないはずだからである.もういい加減,“責任転嫁ごっこ”は止めようではないか.
リーダーシップに限らず,実社会でさんざん迷いあぐねた末に,経営の答えを求めてビジネススクールや講演会にやって来る者は後を絶たない.気持ちはわかるが,あらゆる状況に答えを出せる「経営の極意」なるものは存在していない(そんなものがあるのなら,私はおそらく大学の教員などしていない).私たちが一般の人々に提供しているものは,経営学的な思考法である.それは,複雑な経営環境の見つめ方であったり,現象の因果を正しく捉えるために必要な心の習慣である.いつどのように疑問を発するべきかについての知識や,物事を本当に知るためにはどうすべきであるかについての認識である.
したがって,身に付けていただきたいことは,個別理論の知識ではない.ある状況ではあてはまる理論が,なぜ別の状況ではあてはまらないのかといった,時に矛盾をも含む社会現象の深い因果関係を読み解く能力である.そうした力を身に付けてはじめて,あらゆる状況に対応できる真のリーダーシップを発揮できる.私は,何が正しく何が正しくないかを自分自身の頭で考え判断しようとする態度,ならびにそれに必要な知識を掴み,理性を求め試行錯誤する過程の中で,リーダーとしての資質が宿っていくものだと信じてやまない.
真のリーダー特性は,理性からしかやってこない.理性を鍛えるには,一定の訓練が必要である.我こそはと思う者は,ぜひ大学の門を叩いてもらいたい.
真のリーダーを目指す者は,たえず学んでいるのである.前回へ戻る/最初から読む
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犬塚篤「岡山大MBA入門講座:リーダーシップ論」山陽新聞朝刊2012.8.14-2012.9.11