エッセイ:サービス化する経済でメーカーの存在意義を問い正す(2)
メーカーの存在意義とは
かつて自動車部品産業の研究をしていた筆者は,今も地元自動車メーカー系列企業との付き合いが絶えない.お会いする度に「MaaS,CASEの対応は大変だ」と誰もが口を揃えるので,「具体的には何が大変なのか」と尋ねると,「実をいうと,何も対応していない」と答えが返ってくる.ひいては,「今後もいろいろ教えてほしい」と言うので,「では,何を教わりたいのか」と尋ねると,「実は,何を教わりたいのかがわからない」のだという.社交辞令などしている暇があったら,百年に一度の大変革に備えてもっと勉強していただきたいものである.
経営学はこれまでも,大変革の中であえぐ企業の姿を克明に記述してきた.記憶に新しい変化といえば,銀塩フィルムカメラからデジタルカメラへの転換であろう.フィルム技術を基盤に栄えたカメラメーカーにとって,デジタル技術の普及はまさに天変地異であった.この大変革をものにできたのは従前から存在していたカメラメーカーではなく,カシオ,ソニー,パナソニックといったフィルムとは無縁の会社であった.そして,巨大な富を築いたコダックは,世界初のデジタルカメラを残し,市場から姿を消した.
この事例から学べることは,甚大な産業構造の変化にあって,自動車メーカーが今後直面するライバルは,現在の自動車業界にはいないだろうということである.既に自動車業界には,GAFAと呼ばれる巨大IT企業が虎視眈々と参入を目論んでいる.彼らの狙いは,「車を作って売る」ことにはない.それはもはや,魅力的なビジネスではない.「人々は車を使って一体何を実現したいのか」「車を動く情報端末とみなしたときに,何の価値が生まれるのか」を考えることの中に,もっと大きなビジネスチャンスを見出しているのである.これに対して,「車を作って売る」ことしか考えていないメーカーたちの反応は,一様に鈍い.筆者が株式会社日本M&Aセンターと共同で,自動車部品メーカー約1万社に対して実施した実態調査によれば,「MaaS,CASEを自分事と捉えていない感覚」は,大手自動車メーカー系列のサプライヤーほど顕著であった.端的にいえば,中小零細の部品メーカーのほとんどは「親分が守ってくれるから大丈夫」と思いながら,太陽が沈むのをじっと眺めているのである.前回へ戻る/続きを読む