エッセイ:サービス化する経済でメーカーの存在意義を問い正す(3)
S-D ロジック
マーケティング分野では,「ドリルを買いにホームセンターに向かう顧客は,ドリルが欲しいのではない.欲しいのは穴である」という有名な逸話(注1)がある.実際,賢いホームセンターは,自分たちを単なる販売業とは捉えずに,DIYの空間を設けて工具の時間貸しをする.その方がドリルを1台売るより利益が取れる.フライパンを買って食べる人はいない.フライパンは食事を作るための道具である.顧客志向のメーカーは,料理教室を展開して自社のフライパンの魅力を伝える.料理の楽しさに目覚めてくれた顧客は,フライパン以外の調理道具まで買ってくれる.車もまた同様である.人々は車が欲しいのではない.自由な移動が欲しいだけではなかったか.
このように考え始めると,すべてのメーカーは程度の差はあれサービスを売っていたのではないか,という結論にたどり着く(注2).こうした考え方は,S-D(サービス・ドミナント)ロジックと呼ばれ,モノ売り(グッズ・ドミナント・ロジック)と対比される.S-Dロジックでは,8つの基本的前提(fundamental premises)が提示されており(注3),サービス化する経済において企業(特にメーカー)が留意すべき点を教えてくれている.
S-Dロジックの8つの基本前提
(1)専門スキルと知識の適用が交換の基本単位である
(2)間接的な交換は,交換の基本単位をみえなくする
(3)モノ製品は,サービス提供のための流通手段である
(4)知識が競争優位の基本的な供給源である
(5)すべての経済はサービス経済である
(6)顧客は常に共同生産者である
(7)企業は価値提案しかできない
(8)サービス中心の視点は,顧客志向的かつ関係的である
翻訳につき不自然な文章ばかりで恐縮だが,解説した本や論文ならたくさん見つかるはずなので,詳しくはそちらを参照してほしい.要は,サービス化した経済においては,価値を生み出す主体は供給者(メーカー)にはなく,顧客にあるのだと警告している.供給者(メーカー)がモノに価値に吹き込んだのだから,あとは顧客が黙ってそれを受け取れば良いという考えでは,顧客との良い関係は永遠に築けない.良いモノを作りあげることが悪いのではない.モノづくりを起点にビジネスを考えてしまう癖が問題なのである.
注1)Levitt, T. (1969). The Marketing Mode: Pathways to Corporate Growth, McGraw-Hill.
注2)Albrecht, K., & Zemke, R. (1985). Service America: Doing Business in the New Economy, Homewood, IL: Dow Jones-Irwin.
注3)Vargo, S. L., & Lusch, R. F. (2004). Evolving to a new dominant logic for marketing. Journal of Marketing, 68 (January), 1-17.前回へ戻る/続きを読む